五年前のことです。
わたしは一人、森へ木の実を採りに行っていました。冬は厳しいですから、食べられるものや薪は、蓄えておかなければなりません。
わたしはその前の年から恋人と暮らしていましたが、夏に、病気で亡くしてしまいました。彼とは、一年も一緒に過ごすことができませんでした。
わたしに家族はいません。恋人もいません。一人で冬を越すのは大変です。だから、わたしは生きるために夢中で木の実を拾っていました。猟銃を構えた人がいるなんて、気づくはずがありません。
男の放った弾は、わたしに当たりました。一瞬、何が起こったのか、わかりませんでした。傷跡は今でも、お腹の右の方にあります。
「ああ! すまない、すまない……」
朦朧とする意識の中、泣きそうな男の声が聞こえました。その声の持ち主が、あなたの夫です。
わたしは男の人に背負われて、家まで連れて行かれました。
どうして、自分の家に辿り着けたのかわかりません。わたしが、何か口走っていたのかもしれません。
「俺は、あんたが人だとわかって撃ったんだ。魔がさした、としか言えない。
……どうしてだろう。
俺は普段はいい人でいるつもりなんだ。でも、時々おかしくなる。銃で動物を殺すのだって、普段は平気なのに、時々、胸を掻きむしりたくなるほど、殺生を繰り返す自分が嫌になる。何もかも、終わらせてしまいたくなる」
わたしが目覚めたときに、彼が話してくれたことです。言っていることが無茶苦茶で、理解できませんでした。ただ、涙を流して、手を震わせながら言う姿から、苦しんでいる、ということだけは感じ取れました。
「もう、終わってしまったことです。わたしは生きているのだから、自分を責めないでください」わたしは、そう言ったはずです。撃たれた怒りは、ありませんでした。
「いいや」
男は目を見開いて、わたしに言いました。
「俺は、あんたを見て、殺そうと思った。撃とうと思ったのではなく、殺したかったんだ。
俺はおかしな男だろう。
自分よりも弱い人の命を奪ってしまいたかった。……奪えば、それだけ、この心の穴が埋まると思った」
ごつごつとした――あなたの息子さんとそっくりな手で、胸を押さえていた姿が、印象的でした。わたしは男から、殺意があったことを知り、怖くなりました。わたしの手も、震えはじめました。
「でも、撃った瞬間、わかった。俺は間違っていた。だから、この罪を償わせてくれ。俺はあんたの世話をしよう」
どう返事をすればいいのか、わかりませんでした。本当は、断ってしまいたかったのです。相手は異常な男です。怖くて、断れません。
そして、わたしと、あなたの夫との奇妙で、ごく普通の生活が始まったのです。
最初は、わたしが回復するまでの辛抱だと思っていました。でも、冬がきて、男が家に帰ることができなくなりました。だから、春まで待ちました。
「愛してる。だから、ずっとそばにいたい」
春になり、男にお礼を言い、少しの食べ物を渡して、家に帰るよう、頼みました。でも、拒否されたのです。愛している、という言い訳をされて。
わたしは、彼を愛していません。わたしが愛しているのは、遠くへ行ってしまった、あの人だけ。
男は家族を愛していました。
「ティルも、リーゼのことも大切だ。でも二人は俺が必要であっても、愛してはくれないんだ。疲れた。帰りたくないんだ」
わたしは思いました。わたしを愛しているなんて、長い間一緒にいたせいで起こった、勘違いだと。
愛していたのではなく、ただ、わたしの面倒をみたかったのでしょう。彼は、あなた方の面倒をみていたけれど、それに嫌気がさして、逃げ出して、楽になろうとした。でも、結局、誰かの世話をしていなければ、あの人は上手に生きられなかった。
わかりますか? そういう人間も、存在するのです。誰かにもたれかかってもらえなければ、誰かを支えていなければ、生きられない人が存在するのです。でも、そんな人にも限界があるのでしょう。頼りにしてくれている家族を置き去りにしてしまうような、そんな限界が。
そして、わたしはどうしようもない人間です。
生きたい、という本質をもった、死にたがりです。誰にも迷惑をかけたくないのに、人に心配をしてもらわなければ、生きられないのです。それは、彼にとって都合のいい存在だったのかもしれません。
恋人が死んでから、自暴自棄になっていました。食は細りましたが、空腹は耐えられなくて、食べ物を探していました。男に撃たれたときも、あのまま死んでもよかったと、思っています。
一生、あの人を思い続けて、ひとりでいようと思っていました。でも、ひとりは寂しい。そこまで、わたしは強くなかったのです。
彼も、強い人間ではなかったと思います。わたしに嫌われること、拒否されることを恐れていたのが、いつも感じられました。微妙な距離をとりながらの生活でした。
いつか終わりにしよう。何度もそう思いました。わたしが今まで、何もできなかったのは、多少、あの生活に甘えていたのです。