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Home : 出さない手紙について
白い砂漠
【3】

「どうして? 城までこんなに早く攻め入ることができるの?」
 砂雪は怒りのこもった声で叫んだが、矢は休むことなく飛んでくる。そこに、矢の刺さったタンスをずりずりと引きずって、侍女が窓の方へと近づいていった。
 それを見た砂雪は怒鳴った。
「駄目よ、危ないわ!」
 砂雪のことなど無視し、更に窓の方へとタンスと一緒に歩いていく。そして、タンスで窓のふたをした。くるりと姫に振り返って言った。
「これで矢は部屋に入ってきませんよ」
 砂雪もやっと理由がわかり、ほっと一息ついて言った。
「ありがとう。さ、あなたもわたしの所へ来て。いくら矢は入ってこないと言っても、窓際は危険だから」
「はい」
 侍女がそう返事をして、ゆっくりと姫のいる椅子の方へと歩んでいくときだった。
 どがっと木製のタンスに大きなものが当たる音がした。その直後、タンスを背に立っていた侍女の背中に刀剣の傷が付いた。
「え?」
 ほんの一瞬の出来事で、姫は呆気にとられていた。瞬間が、絵画のように止まっていた。現実は、彼女の頭から飛び出ようとした。再び時が動き出したとき、侍女の背中から赤い血が勢いよく吹き出していた。
 タンスは大きな剣で二つに割られてしまっていた。壊れた引き出しから、砂雪の服が覗いている。男は剣を砂雪に向けたまま、斬ったタンスをのけ、窓から進入してきた。
 血は白壁を汚し、侍女を切った剣にまで滴っていた。その剣の使い手も、鉄の鎧に返り血を浴びて、真っ赤になっていた。氷のような目をした「人間」だった。命を奪う者の目は、こうも冷たいのか。
 男は、砂雪と違い、耳は獣の耳ではない。「人間」だった。
 侍女は驚いた表情のまま、床に倒れ込んだ。
 それを確認した男が、しっかりと剣の切っ先を砂雪へ向けた。次は、お前の番だと言っているようだった。
「殺した……」
 恐怖というより、怒りで砂雪はわなわなと震えていた。
「うああぁぁ!!」
 その声は獣のような叫び声だった。砂雪の叫び声は部屋中を震えさせ、びりびりと響いている。音に耐えきれなくなった壁はぴきぴきとひび入りだした。今までに、叫ぶことは何度かあった。でも、その叫びの中に、破壊の念がこもっていたことはなかった。彼女が毎日使っていた化粧鏡も、ひび入り、がしゃんと砕けてしまった。
 剣を持った男は一瞬ひるんだが、無防備な砂雪に、血の付いた剣を振り下ろした。砂雪は男を睨み付けたまま、避けようともしなかった。剣は勢いよく、彼女を斬ろうとした。
 砂雪と男の間に、黒い塊が割り入ってきた。同時に、かきーん、と金属音がした。鋼の剣が、二つに折れた。
 折れた刃は、澄んだ音をたて、床に転がった。剣を折ったのは砂雪ではない。別の男だった。
 割れた化粧鏡の奥は、黒く虚ろであった。男の髪にはガラス片が付いていた。化粧鏡の中から飛び出してきたようだった。
「あなたは?」
 信じられない、といった様子で、姫は目を丸くさせた。邪魔をされた兵士も同じだった。ゆっくりと男の全体像を見る。
 黒髪で、鏡の細かい破片が髪に紛れ込んでいて、きらきら輝いている。目の色は灰だが、あたりの血の色が瞳に映って、ワイン色に光って見える。耳は、獣のようではなかった。「人間」だ。しかし、服装はこの国の民族衣装だった。青い厚手の生地に、金糸で刺繍をしている。背丈は砂雪よりも高い。
「お前、どうして邪魔をする!」
 刃の折れた剣の柄だけを、間抜けに持った男が怒鳴った。
「お前も俺たちと同じ人間じゃないか!」
 男は続けて言ったが、青い服の男の表情は全く変わらない。話など、聞いていないように頭についたガラスの破片を手で軽く払いのけていた。破片が手に刺さったのか、少し血がにじみ出た。それを不思議そうに見つめながら、ゆっくりと口を開いてこたえた。
「人間など、関係ない」
 間もなく男に向かって蹴りを入れた。足が伸び、男の顔面に堅そうな靴がめり込んでいった。がしゃんという金属の鎧の音と、男の重みの音が床に落ちた。蹴りが上手く入ったのか、そのまま気を失ってしまったようだ。
 青い服の男は、倒した男の足首をつかみ、両手で引きずって二階の窓から捨てた。
 ただその光景を、砂雪は口をぽかんと開けて見つめるしかない。
 男は、まだ窓から頭を出して下の方を眺めていた。落とした鎧の男が動かないのを確認した後、姫の声に反応して振り返った。
 何も返事をせず、灰の瞳で姫を見つめていた。よく見れば、彼の顔には少年の面影があった。何も知らないような、まっすぐな瞳。人を殺めたというのに、罪とも感じていないような瞳だった。男と言っていたが、どちらかといえば少年のようなので、少年と訂正する。
「姫」
 少年も砂雪を見ていた。
「この城を出る」
 姫は足下で倒れている侍女を見た。
「ちょっと待って」
「だめだ。その女は死んだ、もう放っておくんだ」
「彼女はずっと、わたしのそばにいてくれたのに。何かしてあげたいの」
「何を言っているんだ。姫が死んでは、元も子もない。俺は、姫を守らなくてはいけない」
 無理矢理姫の手を取り、そばにあった鞄も反対の手で取った。侍女の手とは違う、大きく、厚い手だった。
「放して! あなたは誰よ! 突然に、こんなふうに!」
 砂雪は、自分自身何を言っているのかわけがわからなかった。砂雪は自分よりも大きな手をはがそうとしたが、強く握られていて、無駄なことだった。
「俺は、武(たける)だ」
 武は怒っている砂雪をなだめるわけではないが、冷静に自分の名をぽつりと言った。
 砂雪の質問に、そのまま答えられてしまったので、続く言葉もなく、そのまま二人は黙って廊下を渡り、階段を下りた。吹き抜けの窓からはきな臭い臭いが流れ込んでいた。しかし、城の中にはまだ誰も敵は入ってきていないようだった。時々臭いがきつくなり、砂雪の鼻をついたが、人間の武は顔一つゆがめず、黙々と走っている。玄関ではなく、裏口へと。ふと、砂雪は一つの疑問が頭をかすめた。
「武! あなたはどうして、この城の中を知っているの! この中をしっかり把握できている者は、この城で仕えている者だけなのに」
 砂雪は、さっきから走っているので息は切れ、しゃべるときも妙なところで息継ぎをしなくてはいけないほど苦しかった。しかし、武の方は多少息は荒くなってはいるが、顔からは苦しいことはうかがえない。
「俺はこの城の者だ。知っているのは当たり前だろう」
「どういうこと?」
「はやく走れ」
 あまり言いたくないことなのだと砂雪は思った。
「どういうことよ」
 武は答えようとはしなかった。
 裏口は玄関と違い、質素なものだった。かわいげのない木の扉があった。
「今から扉を開けて、城を出る。いいな」
 武は念を押すように砂雪に言ったが、彼女は緊張した面持ちで頷いただけだった。それを確認した武は、軽く溜息をついた。
「だが、問題がある。それは、俺がこの市街地について全く知らないことだ。この国を抜ける道がわからない」
「何で知らないのよ。わたしもよくわかっていないのに」
 砂雪も呆れて溜息をついた。こんな時に知らないなどということが情けなく聞こえるのに、全く恥ずかしげもなく、武が言うことに呆れてしまったのだ。
 お互い困り、気まずい沈黙がいくらか続いた。砂雪は城から外に出る機会が少ないため、区画整備のされていない自国の街で、迷子になりかねない。町は、城へ繋がる大きな道が数本、そして、枝分かれのような細い道が数えきれないほどある。道をしっかりと把握している者はここから国外の砂漠まではそう時間はかからない。この国自体はもともと小さい。それに、東西には長いが、南北には短い。迷いさえしなければ、南か北の問を目指せば時間はかからない。
 突然銃声が数発、二人の耳に届いた。そして城の中から誰かの悲鳴が。砂雪の家族かもしれないし、家来かもしれない。ただ今わかるのは、ここもそろそろ危ないということだ。
「この国は、南北に短いの。わたしはコンパスを持っているわ。この扉は、南に続く道に出るはずよ」
「じゃあ、南へ、まっすぐ走るしかないんだな。もう出よう。俺から絶対に離れないでくれ」
 砂雪は片手に鞄、そしてもう片手で武の青い服をぎゅっと握りしめ、頷いた。
「行くぞ」
 それは自分自身と、姫へのかけ声だった。ゆっくりと扉を開いた。
 外は城の中よりもひどい臭いがした。きな臭さに付け足して、血生ぐさい臭いも混じっていた。おまけに黄色や灰色の煙が風下にいる二人に向かって吹き付け、視界も悪くなっている。
「ねえ、武! これで本当に外へ出られるの?」
「煙は吸うな」
 咳き込みながら町へと走るしかない。武は服の裾を握っている砂雪の手首を強く握った。そのままぐいぐい引っ張り、走っていく。
「えっ?」
「これから全力で走る。服を握ったままでは、きっと放すぞ。転ばないように注意しろ」
 それだけ言うと、武は本当に全力で走り出した。

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