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Home : 出さない手紙について
白い砂漠
【4】

 城から町へは急な下り坂になっているので、どんどん加速していく。砂雪は転びそうになってしまう。走ることを必要とされていない生活に慣れていたからだ。しかし、武はそんなことを全く気にしないで走っていく。
 まっすぐ下っていくと魔法地区へと下りてきた。視界はさっきよりも大分良くなったが、まだうっすらとかすんで見える。ぼんやりとしているはずなのに、悲惨な光景はしっかりと目に飛び込んできた。
「ひどい……」
 姫は吐き気を感じ、手を口に当てようとしたが、両手がふさがっていて、できなかった。
 魔法地区の人々はみんな死んでいた。あたりは静まり返っている。建物は破壊されていた。火薬で爆破されたのだろう。
 たくさんの死体が一カ所に無造作に積み上げられていた。斬りつけられたり、銃殺されたりと、殺され方は様々であったが、皆、共通して、耳を切り取られている。
 白い街が、血で染まっている。
 武も少し疲れたのか、走るのをやめ、街を歩き出した。しかし、砂雪の手を離そうとはしなかった。
 死体の積まれている場所はいくつもあった。女や子供まで殺されている。ずっと引っかかるのは、皆、耳を切り取られていることだ。何か意味があるのだろうかと砂雪は思ったが、この悲惨なところから早く離れたいという意志も強かった。
「ここにはもう、襲ってくる人間がいないのかもしれない」
 武は姫に言ったというよりも、街を観察して思ったことをそのまま口に出したようだった。
「むごいわ。許せない」
「姫、誰かいる。隠れるぞ」
 急に何かを感じ取ったのか、武は空き巣となってしまった家の中へ飛び込んだ。中は灯りがついたままで、先ほどまで生活していたようだった。砂雪は荷物を適当なテーブルの上に置き、武は窓の下に潜み、そっと路地をうかがった。
 目の前の路地を、侍女を切った剣と同じものを持った男が三人ほど通ろうとしていた。何かを話している。
「魔法地区って聞いていたんだが、あいつら、本当に魔法使いか?」
 貧相な体格の男が言った。
「最初から耳を切っておけば魔法は使えないらしいからな。使えなかったんだろう。音のきこえない奴は、呪文を唱えることができないらしいぞ」
 物知りそうな男が教えていた。砂雪は耳を澄まして聞いている。
「へえ、だから最初に耳を切るように命じられていたのか」
 貧相な男は感心していた。
「でももったいないよな。こいつらを奴隷にすることだってできるのに」
 リーダーに見える男は残念そうに言った。
「けど、簡単だよな。ぎゃーぎゃー騒いでいたって、この剣一振りで、静かになるんだから。こんなに簡単だと、妙に自信がつくぞ」
 貧相な男は、剣をどこかの英雄のように、空に向かって突き出した。黒くこびり付いた血は、何人分のものかわからない。
「あ、刃こぼれしてる」
 剣を見ながら、軽く舌打ちをした。
「お前、いちいち気にするなよ。これからまた商業地区に行って、斬ってこなくちゃならないんだ。刃だってどんどん欠けるさ」
 そう言う物知りそうな男も、自分の剣を鞘から引き抜いて、刃こぼれしていないか確認している。
「欠けたら研いでもらえばいい。さ、行くぞ」
 リーダーは二人に言った。そこで会話は終わり、商業地区へと三人は向かってしまった。
 彼らが去った後、窓から見えないように伏せていた砂雪が、むくりと起きあがるなり、「今の聞いた?」と、怒った口調で言った。
 武は頷いた。
「わたしも殺されるのね」
「さあ」
 武は鞄に手をかけた。きつく締められた鞄のベルトをゆるめ、鞄を開けた。
「逃げなきゃ……。死にたくない」
 砂雪は力無く言った。
「じゃあ、この中でいらないものを捨てろ。重すぎる」
「わかったわ」
 砂雪は、食器類は全て鞄から出した。鞄は軽くなった。武は、ほっと息を吐いた。重い荷物では危険だと思っていたらしい。
「あれだけの、罪のない同胞を殺すなんて、どうして。この国を奪いたくても、人を殺す必要なんてないわ」
「理由を、今知ることはできない」
 冷たい口調だった。
「でも」
 砂雪の胸の奥で、何か痛いものが走った。
 武は再び砂雪の手首をつかみ、路地へ出た。外の悲惨な光景は相変わらずだった。
「これは俺の勘だが、このまま坂道を下れば国の外へ出られると思う」
「ええ、きっと出られるわ」
「走るぞ」
 加速をつけながら走っていく。軽い荷物の効果はすぐに出た。が、それは急に止まってしまった。急に、細い矢が武の腕に刺さったのだ。
「いたぞ!」
 矢を背負い、弓を手にしている兵士が遠くの仲間に向かって叫んでいる。
「まずい」
 武は腕に刺さった矢のことなど無視して、再び駆けだした。
「武、腕!」
 砂雪は必死になって叫んだが、武は痛そうな顔は見せず、無言で走っている。
 そして今度は武の頬を矢がかすめた。先ほどの兵士が仲間を呼んだせいで、別の所からも矢が飛びはじめた。二人の所めがけて、矢がいくつも飛んでくる。武は砂雪をかばいながら、坂を下った。
 正面から剣を持った男が走ってくる。武は逃げようとせず、素早く拳を男の顔面に向けて繰り出す。男は間抜けにも剣を落としてしまったので、武はすかさず奪い取った。
 しかし、敵は増えるばかりで、二人は動けなくなってしまった。
 焦った表情を見せようとしない武だったが、今はどうしようかと狼狽えているようだった。砂雪も困っていた。が、心の別の部分は冷静だった。
「わたしが倒れても、あなたはわたしを守ってくれる?」
 砂雪は、武にだけ聞こえるように囁いた。何のことか、理解できなかったが、武は頷いた。
「俺は姫を守るように言われているんだ」
 それを聞くと、砂雪は目の前の兵士をきっと睨み付けた。そして、口を動かし、何かを唱えはじめた。言葉ではなく、音だった。最初はガラスのように高い音だったが、それが砂雪の口から出ているものだと気づいたときには、低く、獣の咆哮のような音に変わっていた。咆哮は、じわりじわりと熱を呼び、兵士たちを焼く炎に変わった。
 兵士たちはそれぞれの持つ武器を投げ捨て、身をまとう炎を消そうと努力したが、消すことはできなかった。砂雪はそれを確認すると、倒れてしまった。
「そういうことか」
 武は砂雪を背負い、荷物を手に、苦しむ兵士の間を通って、大きな門をくぐった。

 日は既に落ちていた。砂漠の夜は恐ろしく寒い。
 目の覚めた砂雪の隣で赤々と薪が燃えていた。背の下の砂は柔らかい。
「逃げ切れたのね」
 火に当たりながらまどろんでいた武に呼びかけた。
「ああ、そうだ」
「いろんな事があって、疲れたわ。その上魔法を使うと、すごく疲れるの」
 砂雪は目を閉じた。
「大切な人がいっぱい死んだわ。わたしの好きな白が壊されたわ。嘘みたい」
「現実だ」
「わかっているわ! でも、これからどうすればいいの」
 武は乾いた草を火に放り込んだ。さわさわと独特の燃える音がする。
「姫の好きなようにすればいい。俺は、守るだけだ」
「そう。わたしはね、この国がどうして攻められたのか理由を知りたい。東国について知りたい。そして、正体の分からないあなたについても知りたいわ。わからないことがいっぱいなの。もう、嫌よ」
 砂雪はじっと武を見ていた。武は姫からさっと目をそらした。
「今、俺のことを教えると、姫は困ると思う。また今度話す」
「それとね、わたしは国民からは姫と呼ばれていたけれど、それはみんなわたしが末娘で、ほかの兄姉の名前は覚えられても、わたしまで覚える余裕がなかったからなのよ、きっと。わたしはそう思っているわ。だから、名前で呼んでよ」
 武は怪訝な顔で、砂雪を見た。砂雪は、泣いていた。
「ああ、わたしも何を言っているのかわけがわからない。もう、わたしの名前を呼んでくれていた人たちには、会えないかもしれないわ。だから、あなただけでも、砂雪と呼んで」
 白い頬を伝う涙は、地面に落ちて消えた。横になったままの砂雪は、これ以上動けないようで、涙を拭おうともしない。
「わかった、名前で呼ぼう。俺は砂雪を守らなくてはいけないから、俺が困るような余計な注文はあまりしないでくれ」
「ありがとう」
 砂雪は微笑んだ。炎で照らされた顔を見て、武も初めてふっと微笑んだ。砂雪の表情をまねるように。笑うこともできるのだ。
 満月が高く昇る頃、姫は再び眠った。武は火が消えないように、眠らないで目を開けたまま、考え事をしていた。
 これから何が起こるのかわからない。砂雪も、武も、知らなかった。知る術など持たないのだから。でも、知っていかなければいけなかった。
 この白い砂の地を渡り、生きねばならなかった。
 途方もなく広がる、白い砂の地。砂雪の愛する白い砂の地。大きな自然の前で、砂雪の魔法など、無力に等しかった。武の力では、何も守ることはできなかった。
 それをわかっていながらも、諦めずに、生きるしかなかったのだ。雪のように白い砂の地を渡って。

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