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Home : 出さない手紙について
呼吸をとりもどすためのうた
二、面倒

 自分と波長が合うなら、誰でもいい、というわけではない。そんなことをこれからわたしは実感する。
 結局わたしは、ユウと狭山の三人で行動をすることになった。狭山が一人で弁当を食べているのが気の毒だったから、声を掛けたのがきっかけだった。物静かで、教室の中にいても存在感のない女の子だったが、実際に喋ってみると、悪い子ではないようだ。普通に笑うし、普通に喋る。そう、普通だった。
 でも、神隠しの噂があるように、ときどき彼女はちょっとおかしいな、と思う発言をする。実際におかしいのかどうかわからない。ただ、何と返事をすれば良いのか分からなくなるようなことを言うのだ。わたしが返答に困っていると、やはり、一緒にいるユウも困ってしまう。狭山は空気を読むのが下手なのかもしれない。でも、ユウは人付き合いにおいて機転の利く子なので、上手い具合に話題を逸らしてくれる。
 楽しい会話が、狭山の空気を察しない一言でぶつ切りにされることはよくあった。その度、わたしは三人が何も喋らなくなるのが何となく不安だった。昼食中に、黙々と弁当食べるのが、怖かった。
「雨の日って、何か面倒臭くない?」
 今日も狭山はテレビドラマの話題を中断した。これで何回目だろう。だんだんユウもそんな中断の仕方に不快感を覚えてきていて、いい顔をしなくなっていた。でも、「雨の日が何か面倒臭い」という話題に切り替えて、これからお互い話したとしても、わたしたちの関係が悪化することはまずないだろう。悪くはならないような、付き合い方をしているのだから。そういう保証を前提にしても、ユウが一瞬黙り込み、目元が笑わなくなるのを見ると、不安で仕方なくなるのだ。
「狭山さぁ、突然話題を変えるよね」
 ユウの一言で仲が悪くならない保証は危ういものになってきたような気がした。いつもなら、ユウは言い出さないのに、とうとう言ってしまった。
「そう? わたし、ドラマ、興味ないから……」
「だったら狭山も観ればいいんじゃないの」
「面倒だから」
「だからって、そうやってさ、会話を切られたらつまんないよ。わかんないならわかんないなりに聞いてりゃいいのに」
「……」
 わたしはひやひやしながらも、黙って弁当を口に運んでいた。いつも友好的なユウが、今日は違う。それは笑顔で決して非難がましくないニュアンスなのだが、ユウの限界は近い気がした。
「明日、雨が降るかもしれないよ」
 我慢できなくなって、わたしは思わず窓の外を見ながら言った。わざとらしい逸らし方だったと思う。でも、確かに空は灰色だった。
「雨が降ればいいのに」
 そう何となく言ったユウの笑顔は消えていた。彼女の本当の表情を見た気がする。

 翌日、朝日を覆い隠す雲は異様な色だった。血と灰を混ぜればこんな色になるのだろうかと、窓を開けて空を見、思った。しばらくすると、空はだんだん黒が増し、雷が鳴り始めると同時に、大粒の雨が降りはじめた。
「雨降っちゃったよ、狭山」
 通勤の車の音は、滝のような雨に飲み込まれた。こんなに雨が降っても電車は止まらないだろう。わたしは溜息をついて、制服に着替えた。
 教室に着いて、持ってきていたタオルで濡れたスカートや鞄を拭いた。傘もささずに自転車で来た強者もいた。彼は今、水浸しの教科書を取り出して、教室の後ろの方で部屋干ししようとしている。それを見て笑う者や、この雨のひどさに口を尖らせて文句を言う者もいた。雨だけで教室がいっぱいになっている気がした。
「リョクちゃんおはよう」
 ユウは比較的雨の被害には遭っていないようだった。
「おはよ」
「雨ひどくてさ、車で送ってもらった」
 だからそんなに濡れていないのか。わたしはちょっと皮肉っぽく言ってやった。
「お嬢め。わたしは電車だよ。駅から学校まで、ひたすら風雨に耐えながら自分の足で歩いてきたのに」
「雨の日って、通学が面倒だよね」
「うん」
 狭山はこのことを、わざわざ言いたかったのかもしれない。
「狭山、来てないみたい」
 ユウも同じことを考えていたのか、わたしの狭山を探す視線に気付いたのか、すかさず言った。
「雨の日は、休むんだ。何かの歌みたい」
「それ、カメハメハ大王?」
「ああ、それ」
「あれってさ、確か、風の日も休むんじゃなかったっけ」
「そうそう。そういう生活やってみたいよね」
「いいね」
 ときどき、わざわざ仕入れた情報ではなく、あらかじめ持っている知識が共有されているときがある。そんなとき、ちょっと嬉しくなる。お互い知っていることを一緒に話すのは、楽しいことだ。
 だから、狭山の知らないことをわたしたちが話して、狭山が話題を変えようとするのは仕方のないことだと思う。でも、天気の話よりも、自分の好きな俳優のことを話す方が楽しい。
 当たり前だが、三人分の共通項は、二人分の共通項より少ない。わたしたち三人でも、ときどきギクシャクしているのに、大人数のグループは一体何を話しているのだろう。いつも同じことばかり?
「わたし、このまま三人でいるのは耐えられないかも」
 狭山のいない昼食で、ユウははっきりと言った。笑っていなかった。
「何で?」
「狭山の波長に合わないんだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「また、わたしたち二人に戻りたい」
 わたしは困った。確かに、狭山といることで、ユウは不快だけど、狭山をグループから外せば、狭山が寂しくなる。
 でも、わたしはどうなるんだろう。わたしはどうしたい? 分からない。
「リョクちゃん、聞いてる?」
「うーん。ユウ、もう少し狭山と距離開ける?」
「それは嫌だよ。リョクちゃんと離れちゃう」
 ユウはほかの子とも仲良くやっていけるだろうが、もう既にほかのグループは出来上がっていて、その中に入るのはつらいのだろう。別に、わたしから離れて困るのは、狭山のようにひとりぼっちで弁当を食べなければいけないことくらいではないだろうか。わたしはその程度にしか思われていないような気がする。それか、わたしが、その程度にしか思っていない。
 返答に困ったふりをしながら、利害関係を考えている自分が汚く思えた。無性に空しくなった。
「三人では駄目なのかな」
「って言うか、三人のままだよ。二人に戻りたい、なんて、ただ言ってみただけ。狭山と一緒にいすぎたから、今さらわたしたち、別れられないんだよね。狭山ひとりぼっちにさせたら、わたしら悪者でしょ」
 ユウも十分、利害関係を考えていた。自分のものなら汚い思考なのに他人なら、非難することもできず、仕方がないのでどうでもよくなってしまう。
「何もできないのかなあ」
「だからリョクちゃん、あと半年の我慢よ!」
 ユウは笑った。我慢? 別にわたしは、さほど狭山のことを不快に思っていない。だからユウの気持ちは全く分からないわけではないが、彼女の言葉はわたしに浸透しなかった。
 わたしも、あと半年すれば、ユウに捨てられてしまうのだろうか。そんな不安がよぎった。高校の友達なんて、クラスが変われば終わってしまう、一年契約。
 わたしは何をしたいのだろう。
 ユウはあんなことを言ったけれど、わたしたち三人の関係は悪化することはなかった。でもそれは、表面上だけの話。
 狭山のいないところで、わたしはユウの愚痴を聞く。とりあえず、わたしも相槌を打ってみる。すると、不思議なことに、自分も狭山の悪口を言葉に出してみると、狭山のことを空気の読めない、一緒にいると不快な奴として、嫌いになってくる。
 どういうことなんだ、と自分自身が戸惑いを覚えた。

「ユウちゃん、わたしのこと、嫌いなのかもしれないよね」
 流石に狭山も気づきはじめた。わたしの気持ちの変化も悟られないだろうか、と焦った。
 自分の疑問を口に出すと、彼女もわたしのように疑問は確信に変わってしまわないのか。今度は狭山から愚痴を聞くのかもしれない。そんな気がした。
「そんなことないよ、狭山の気のせいだって。最近ユウ、いらいらしているみたいだから、気にしないで」
 わたしは嘘を言っている。ストレートにあんたは嫌われてるんだよ、と言ってやりたい衝動に駆られたが、それが良いことではないのは分かっていた。
「だったらいいんだけど。わたし、人に嫌われるの、怖いんだよ」
 今まで弁当を一人で食べていた彼女が言うとは意外だった。狭山は一人で弁当を食べていたが、それは苦痛そうではなく、ごく普通に弁当を食べている、という感じだった。その狭山が、人に嫌われるのは恐い、と言う。
 わたしとユウは、あの光景を見て、かえって気の毒な感じがしたのだ。あのとき声を掛けたのは正解だったのだろうか。わたしはこのごろよく考える。
「大丈夫だよ」
 わたしはまた嘘を言う。このままだと、大丈夫なわけがない。狭山はわたしから目を逸らし、うつむき加減に「誰からも嫌われたくないんだよ」とぼそっと言った。
 誰にも嫌われずに生きるなんて無理なことだ。わたしはそう思っているはずだが、狭山にそう言うことはできなかった。わたしも、頭では分かっていても、誰にも嫌われたくない願望が確かにあるからだ。口に出してしまえば、わたしの願望も打ち消してしまいそうで、わたしには自分の願望を消すほど勇気がなかった。

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