「すみません、あなたがここの館長ですか?」
僕は、美術館の隅の方で静かに座っている男に尋ねた。
「いいや」
佐山は二十代半ばに見える、黒髪の男をじっと見つめていた。男の方も、僕から視線を佐山に移し、微笑んでいた。
「どうしたんだ? 俺に何か付いているのか?」
佐山に対する男の口調がなれなれしく、僕はちょっとむっとした。佐山は気にしていないようだった。
「あなたは人形でしょう?」
「……何で分かったんだ?」
男は驚いたふうの声を上げたが、顔は笑顔のままだった。僕にとって、その笑顔は何となく嘘臭かった。
「だってあなたは、人形に見えるもの」
「そうか。俺は人形に見えるのか。そうかそうか」
男は一人、目の前の僕たちのこととは別に、何かを考えているようだった。
「俺もな、何となく、あんたたち二人のうち、どちらかが人形なのは分かるぞ」
「じゃあ、当ててみて」
佐山はちらっと僕の方を見てから言った。
「そっちの男の方じゃないか?」
男は球体関節の指で僕を指さした。僕はその指を見ると、どきっとし、本当に人形なのだと思った。佐山の関節の継ぎ目は見えないように加工されていた。
「残念。この人は人間よ。人形はわたしです」
「へえ。そっちの男より、あんたの方が人間らしく見えるのに」
「わたしは人間になりたくて、この人は人形になりたいのです。だから、間違えてしまったのではないでしょうか」
「人間になりたい人形の方が、よっぽど人間らしく見えるのか。ちょっと前まで、俺も人間に戻りたかったんだけどな、今はもう諦めているから」
僕は「人間に戻りたかった」という言葉を聞き逃さなかった。
「戻りたかった?」
「ああ。俺も以前は人間だったんだ」