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Home : 出さない手紙について
同じクラスメイトの山崎の話

 僕の日常は、家という奇妙に包囲されている。
 この家に住んでいると、睡眠中、夜中に誰かに布団を剥がされて、寒い目に遭うことがある。朝目が覚めると、机がひっくり返っていたり、椅子が倒れていたりする。台所では不意に食器が割れることもある。
 それは、この家に引っ越してきて、二十日経って起こった。僕はしっかり覚えている。
 最初、この現象に慣れることができなくて、神経質になっていた。父は普段、仕事に行って、夜に帰って寝るだけだから、この家がどんなに奇妙でも平気なのだろう。でも、専業主婦の母は、常にこの家にいるので、引っ越して半年ほどでノイローゼになってしまった。
 だから母は、昨日から実家に帰っている。
 僕も、ちゃんと眠れるくらいにはなったが、やはり、この家で暮らすのはきついと思っている。そんな愚痴は、学校で言うしかない。でも、こんな怪現象、ほとんどの人が信じないのだ。僕にとっては深刻な問題だというのに、みんなにとっては、ただの笑い事なのだ。
「それは霊現象だね」
 でも、山崎は笑わなかった。彼は自称「陰陽博士」で、クラスの中で変人扱いされている。僕はもう、彼くらいにしか相談できなくなっていた。
「君の引っ越した家、霊か何かがいるんだよ」
 笑った奴らも、同じようなことを言っていた。でも、山崎の言葉は妙に、僕を納得させ、落ち着かせる効果があった。
「君が迷惑でないのなら、家を訪ねてもいいかい?」
 母が出ていってしまって、多少滅入っていた僕は、誰でもいいから助けてほしかった。だから、了解した。

 土曜の午後に、山崎を駅まで迎えに行った。
 山崎はどんな格好でやってくるのだろう。僕は彼の私服を見たことがない。テレビや本で少し、陰陽師というものを見たことがある。狩衣に烏帽子を被った、すごい格好だな、という感想だった。彼もあんな格好で来るのだろうか。人に見られたら、他人のふりをしていたい。
「辰巳君、こんにちは」
「あ、こんにちは」
 山崎は、黒が基調の、現代に見合った服装だった。僕の予想は裏切られた。
家は、駅から五分。僕と父は電車を利用するので便利だ、という理由も、この家に引っ越した理由の一つだ。
「このへん、新しい家ばかりだね。壁の白い家が多い」
 途中、山崎は周囲の家も観察しているようだった。
「ここが僕の家。入って」
 僕の家も白かった。ここは、以前モデルルームだったもので、展示期間が終わって、安く売られていたのだ。
 山崎は眼を細めて家の全体を見た。僕のうながしも無視して、じっと見入っていた。
「何か見えるのか?」
 僕は不安になった。もしも、本当に霊がいたら、どうしようかと思った。
「いや。俺に霊感なんてないよ。超能力者のように、透視だってできないからね」
 そう言って、彼は何に対してかわからないが、にっと笑った。霊感もないのに、霊がいるかもしれないと言い、自称「陰陽博士」なんて、どういうことなんだろう。訝しげな視線に気付いて、山崎は言った。
「霊感がなくても、占いはできるし、運勢を変えることだってできるんだよ。何事も、良し悪しの『型』があるんだ。それさえ頭にたたき込んでいれば、君にだって、運を呼ぶことができる」
 そういうものなのか。彼は自分に霊感のような特別な力はないと言ったが、人を納得させられるような力が言葉にはあった。それは、彼の自信から由来するものなのだろうか。
 二人で家に入った。家の中は静かだった。
「中を見てもいいかい?」
 お茶を出そうとした僕は、お茶の用意が面倒臭かったので頷いた。
 山崎に家の中をぐるぐる歩きながら説明する。彼は僕の話を聞きながらも、睨むように部屋の一つ一つを見て回った。そして、全て見終えると、居間に戻ってソファーに座った。
「辰巳君」
 山崎は神妙な面持ちだった。
「何?」
「君、ここ数日、妙なことは起こっていないかい?」
「ああ、そういえば、起こっていないよ。不思議だな」
「……本当かい?」
「ああ」
 確かに、母が実家に帰ってから、家は静かになっていた。山崎は僕から視線を逸らして、何か考えているようだ。手を軽く、顎に当てて、自分を落ち着かせながら考察している。軽く口が開いたかと思うと、申し訳なさそうな声が出てきた。
「この家は、家相が悪いんだよ。柱の大きさ、部屋の数、それに水回りといい、気が狂うようにできていると思う。俺はプロじゃないから、あまり確定するようには言いたくないんだが」
「じゃあ、あの奇妙な現象は?」
「俺の推測が当たっていれば、君のお母さんのやっていたことじゃないかな。こんな家に一日中いれば、きっと、気が狂ってしまう。食器が割れるのは、お母さんが自分でやったことだと思うし、君が神経質になるのに、お父さんが平気なのは、お母さんが君の部屋だけを荒らすからだ。きっと、君よりお父さんの方が強くて怖い存在だから、できなかったんだと思う」
 不都合な推測だった。母の気が狂った。信じたくはなかった。僕は山崎から目を逸らそうとした。でも、彼の真っ黒な瞳が俺の目を捕らえて、放そうとしなかった。不思議な眼力で、動きを止められたような錯覚に陥った。
「これは俺の推測だ、あくまで」
 低い声は、その言葉とは反対に、真実を語っているような気がした。彼の言葉を信じてしまいそうになる。これで本当に、何の能力もないのだろうか。
「わかった。僕に何かできることはある?」
 僕はやっと、返事ができた。山崎の顔がゆるんだ。
「引っ越すのが一番いいと思うけど、そう簡単にはできないだろうね。お母さんはここに戻らない方がいいと思うし、君だって狂ってしまうかもしれない……あまりすすめたくはないけど、これを水回りや柱に貼っておく?」
 山崎がポケットから紙片を取り出した。白い紙に、筆で漢字のようで読めない図柄がきれいに書かれていた。
「お札?」
「ああ。俺が書いた。だからあまり信用できない。使う?」
「使う」
 二人で家の中にお札を貼っていった。お札には種類があるらしく、貼る場所ごとに、お札の図柄は違っていた。全て彼が書いたものなのだ。普段なら、クラスメイトとともに彼を変人扱いしているだろう。
 張り終わると、山崎は、帰ると言った。
「俺はあまりここにいたくない。君には失礼だけど、風水なんかをちょっとでも知っていれば、なおさらこの家は怖いんだ。それに、個人的にこの辺の家並みが好きじゃない。新しくて白い壁は、気が狂いそうになる」
 ここで暮らさなくてはいけない僕にとって、本当に失礼な言葉だった。
「自分を失わないことだね」
 そう言って、駅まで案内すると言った俺の申し出を断って、一人で帰っていった。

 次の日、母の実家へ行った。母は家にいたときより、いくらか落ち着いているようで、僕を見ると笑顔になった。僕はその笑顔に対して、昨日、山崎が言ったことを伝えた。
「確かに、わたしはきっと気が狂っていたのよ。初めての土地、これからの近所づきあいの不安、それに新しい家。……そう言われてみれば、あの中で一人で悩み込んでいたら、自分が自分でいられなくなる気がする」
 母は不安そうな顔をした。
「家には帰って来る?」
「考えさせて」
「僕は母さんに帰ってきてほしいけど、つらそうなのを見るのも嫌だからね」
 たぶん、もうしばらく母は帰ってこないだろう。
 家に帰ると、昨日玄関に貼ったお札が迎えてくれた。これに本当に効果があるのだろうか。気休め、か。
 明日から学校だ。自称「陰陽博士」の山崎とは、もう少し仲良くしたいと思っている。

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