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Home : 出さない手紙について
時差で伝わってくる

 朝、爽やかな気持ちで自室を出た。居間は既にストーブで暖められていて、母がテレビも観ずに椅子に座っていた。
「おはよう」
 母が無表情に言うので、不思議に思った。
「おはようじゃないだろ、新年なんだから」
「そうね。明けましておめでとう」
 やっと、息をついたと同時に笑ったので、僕も笑った。
「何かあったの」
 僕は笑顔のまま言うと、母は口をつぐんだ。言うべきか、と悩んでいるようだ。何かよくない事なのだ、と空気が言っていた。
「同じクラスの狭山さんが、昨日の晩に亡くなったって」
 事実が静かに耳に入った。でも、僕は驚かなかった。
「そうなんだ」
「大変よね、こんな時に」
 僕はテレビの電源を入れた。晴れ着姿の芸能人が、朝から甲高い声で騒いでいる。チャンネルを切り替えると、遥か彼方で起こっている悲惨なニュースを報道していた。生暖かい部屋の中で、時計の針が几帳面に動く音に、現実味はなかった。
 ――狭山が死んだ。
 それもまた、頭でわかっていても、現実味がなかった。椅子に座って、テレビ画面を瞳に写しながら、狭山のことを考えていた。

 文化祭の準備で、二人で体育館にいたとき、彼女は大声で「死にてえー」と叫んだ。狭山はすっきりした、というような顔をして、けらけらと笑った。だから、僕には冗談で言っているようにしか聞こえなかった。
 僕はどうしてそんなことを言うのか尋ねた。
「なんとなく」
 なんとなくで死にたいと言えるのか、僕の感覚では理解し難かった。

 寝不足のせいか、そのまま机に突っ伏して眠ってしまっていた。いけない。
「優君、もうそろそろお父さんと隼ちゃんを起こしてきて」
 食卓の用意をしていた母が、目覚めた僕に言った。

 昼過ぎに、家の外へ出た。
 温暖なこの地方で、水が凍るのはまだ先のことだった。それでも、扉を開けた外は、刺さるような寒さだ。玄関に植えてある山茶花は満開だった。燃えるような赤い花から、水気を含んだ甘い匂いがする。
 郵便ポストを覗いた。たくさんの葉書が、輪ゴムで一つにまとめられて入っていた。自分宛の葉書を探していると、その中に、狭山京子と書かれた葉書を見つけた。
 丁寧な字で、「あけましておめでとう! 今年もよろしくね」と書かれていた。一字一字を指で触れると、やっと涙がこぼれてきた。この字を書いた人は、もうこの世にいない。
「何で、今年もよろしくなんだよ……」
 山茶花の咲く玄関で、気が済むまで僕は泣いた。

 居間に戻った。目が真っ赤になった僕を見て、母は心配そうに言った。
「狭山さんね、お母さんが朝、起こしに行ったとき、起きなくてね。そのまま。眠ったように亡くなっていたそうよ」
 僕はもう一度、年賀状に目を遣った。彼女は新年を迎える気だったらしい。すっと胸のつかえがとれたような感覚と同時に、新年を迎えられなかった彼女のことを思うと、再びすぐに涙がこみ上げてきた。

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