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Home : 出さない手紙について
星屑の丘

 君は知っているかい。流れ星はどこへ墜ちるのか。
 君も、不思議に思ったことはあるだろうけど、たぶん分からないまま、不思議に思ったことさえ、忘れてしまっているだろうね。
 たくさんの星星は一体どこへ行くのか教えてあげよう。
 流れ星はね、“星屑の丘”に墜ちていくんだ。
 その丘は普段は見えないところ。でも、何十年かに一度、流星雨の夜にだけ、この丘は誰にでもに見えるようになる。正確には、見えていないのだけどね。
 星たちが群れてその丘に降ってくるそのときだけ、丘が淡く、ぼんやりと輝くんだ。丘は見えないままだけど、星屑の光で、丘の輪郭をまみえることができるんだよ。そしてこれを見た人が言ったんだ。
 あの白銀の丘は“星屑の丘”だ、とね。

 僕はずいぶん前から“ここ”にいた。ふっと気がついたときには、もうここにいたんだ。
 ずっと時間が止まっているようで、みんなから見れば、僕はずいぶん若く、いや、幼く見えるかもしれない。
 この止まった時間の中で、僕は何をしていたかというと、ただ星を見ているだけだった。ここの時間が止まっていても、天空の星星はずっと同じ光を見せることはなかった。
 時時、足もとに落ちている星屑で、暇つぶしに腕輪や首飾りを作ったが、それはすぐにどこかへ捨ててしまった。飽きてしまえば、そんな作業さえ、ただの暇だ。
 今では、留まることのない星の流れを眺めているのが、唯一の暇つぶしだ。それも、もうすぐ怠惰となりそうだ。
 しつこいようだが、ここは時が止まっているため、丘に墜ちた星屑はいつまでも輝きを失わない。空から降って、小さく砕けてしまっても、あの夜空の星と同じ輝きをずっと持っている。
 ずっと、ずっと、銀色に。
 僕もこの星屑たちと同じだ。輝きはしないものの、いつまでも歳をとらない、若さだけの人であり続けているのだから。
 でも、その外見とは違って、僕の心はこの流れた時の分だけ、墜ちてきた星の分だけ、歳をとってしまっている。

 昼もない、永遠の夜の中、僕はまだ星を見ていた。
 空にふっと一筋、白い光が見えた。
 ああ、流星雨か、僕はそう思った。すると背後から、全く知らない人の声した。
「ここはどこなの?」
 澄んだ少女の声。ここには僕しかいないはずなのに、別の人がいるのだ。
 僕は不思議に思って声の主を見た。その子は真っ白の死装束を着た少女だった。幽霊か。
「ここは星屑の丘」
 僕はなんの愛想もなく、簡潔に答えた。
「そう」
 少女も同じで、全く愛想がなかった。
「ここは、悲しいところね」
 少女はそう言うとそれっきり、黙ってしまった。

 流星雨かと思っていたのに、星はあの一つ以降、全く流れる様子はなかった。
 しばらく間を置いて、僕から口を開いた。
「どうしてここに来たんだ?」
 僕にはこれが不思議でたまらないことだった。ずっと喋っていなかったので、こんな簡単な質問にさえ、言葉を探し、ずいぶんと質問するのにもたついてしまった。
「さあ? わたしも知らないわ」
 僕の期待するような答えは返ってこなかった。
「そう」
「ただ分かるのわね、わたし、死んでいるの」
「そう」
 それは僕にだって、一目見た瞬間から分かっていることだった。この少女は、もしかしたら何も知らないのだろうか、と思った。
「なんでだろうね。分からないの」
「うん」
 淡々とした会話。僕はただ無愛想に返事をするだけ。
 ずっと昔に、死人の魂は空に昇ると聞いたことがある。それが本当か、嘘かは分からない。
「ねえ、あなたの名前、何ていうの?」
「僕……? 知らない。君は?」
 少女は少しうつむいて考えるふうだった。僕が名前を知らないのは、嘘だ。ただ、忘れてしまっただけだ。
「わたしの名前。分からないわ」
「そう」
 名前さえ分からない、本当に不思議な子だと僕は思ったが、自分も名前を忘れている。もしかしたら、最初から名前なんてなかったのかもしれない。
 また静かになってしまった。

 しかし、僕は何年ぶりに自分自身の声を聞いたのだろうか。ここには誰もいなかったから、声を出す必要などなかった。
 人の声を聞くのが久しぶりだと思う以上に、自分の声がひどく懐かしく思えた。

「今夜は、流れ星がたくさんここに降ってくるはずだ」
 僕はまた喋りだした。ふいに、自分の声をもっと聞きたいと思ったからだ。
「へえ、そうなの」
 少女が無関心そうに言った直後、一筋の流れ星が漆黒の空を走った。
「きれい」
 流れ星は二つ三つと増えていき、気付けば雨が降るように、数え切れないほどの星が天空を流れていた。
「なんて、きれいなの」
 少女は急に目を輝かせた。いや、星の光が少女の瞳を彩っているだけだろうか。どちらにせよ、少女はうっとりと空を見つめていた。
 僕はつい、「こんなの珍しくない」と言ってしまいそうだったが、やめた。いや、言えなかった。
 少女にそんなことを言うと、少女はがっかりしてしまうと思ったからだ。それに、今、少女はとても嬉しそうだから。
 僕も少女の隣で、黙って今までに何十回も見たことのある流れ星を見ていた。
 いつの間にか、星の雨は止んでいた。
 僕は少女の隣で、少女に聞こえるように囁いた。
「もうすぐ、この丘にも星が降ってくる」
「そうなの。楽しみね」
 しばらくすると無数の小さな輝く粒が、きらきらと硝子のように澄んだ音をたてながら降ってきた。
「こんな光景、初めて見たわ」
 少女はやんわりと笑んで、僕の顔を見た。僕はそんな少女の笑顔を初めて見た。
 笑顔の少女は細い腕を伸ばし、手を空に向け、銀の粒を集めていく。
 死に装束の白が、星屑の光と同化して、少女がそのまま光の中に溶けてしまいそうに見えた。
 僕はなぜか急に不安になって、ポケットにたった一つだけ残っていた、星屑の首飾りを少女にかけてやった。
「これをあげる」
「ありがとう」
 少女は一瞬驚いたふうに僕を見、そしてにっこりと笑い、何の前触れもなく、ふわりと消えていった。
 結局、少女は消えてしまった。いや、空に昇っていった、のだと思う。
 僕はこんな出来事もあるのだな、と、いつものようにたくさんの星の欠片を眺めていた。

 こんな変わったこともあって、なぜか僕は、どうしてここへ来てしまったのか、思い出そうとしたんだ。
 今まで忘れてしまっていたのだから、本当は思い出さない方がいいのかもしれない。でも、あの少女がきっかけで、ふと思ったんだ。

 僕も、死んでいるんじゃないかな、と。

 それが本当か否かを証明することは僕にはできない。
 いや、ここで死ぬことができれば、僕は生きていて、死ねなかったら、もう既に死んでいるのだろう。
 尖った星の欠片を喉に当てた。目をつむり、思い切り横にひいたが、全く痛みを感じなかった。そればかりではない。血さえ、流れないのだ。
 僕は気付いた。これは異様に長い夢なんだ。
 祖父から聞いた、星屑の丘の話を真に受けて、探しに行ったまま帰ってこなかった僕の夢なんだ。いつまでも、目が覚めないんだ。

 起きよ、と祈ったが、何も起こらなかった。
 僕はまだ、夢の中だ。


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