背の低い木は、五弁の小さな花を咲かせた。無数の小さな花はかたまりとなって、季節はずれの雪のようだ。大河は学生鞄を持ったまま、そっと腰をかがめた。すると、雪柳の独特で清楚な匂いが、立って眺めていたときよりもより強く感じられた。
「うずもれたい」
唸るように呟いた声は、足下の花々にのみ届いた。大河には、群生する花や草を見ると、うずもれたいという衝動に駆られることがしばしばあった。爽やかで冷たい風は、彼の髪と花房をゆらした。
「アホか、俺は」
誰も聞くわけではないのに、自嘲気味に言い、軽く背筋を伸ばし、家に帰っていった。
数日が経った。気温も雪柳が咲いていたときよりも暖かになった。
大河は土手にいた。彼は白いシャツにジーンズという出立ちで、そんな彼の隣には少女がいた。
「大河君、付き合おうよ。クラスでも噂になってるんだから」
「ノリで付き合えっていうの? 俺、興味ない」
冷たく返事しながらも、大河の表情は迷惑そうと言うよりも、困り果てた色が強かった。少女は何か言いかけて、口を閉じた。気まずそうに、大河は溜息混じりで言った。
「俺ね、変人だから」
すっと彼は、土手に咲く菜の花の群を指さした。
「あれを見ていると、花の咲く中に飛び込んで、そのままうずもれたくなるんだ」
「それがどうしたの」
「変だろう?」
少女は首を振り、大河を遠慮がちに抱きしめた。それは彼にとって、不意打ちだった。
「わたしの方が、変でしょう?」
唖然としている大河を無視して、少女は去っていった。
「何なんだ」
不思議な感情が彼の中を流れていた。
落ち着かない大河の視界で、黄色の花が彼を招くように揺れている。現実味が失せ、足もとがふわふわする中、彼は菜の花に引き寄せられていった。そして、衝動に突き動かされるまま、そっと花の中にうずもれてみた。
彼の白いシャツに、いくらか葉緑素がかすった。背中に、軟らかい湿った土が当たる。寝ころんだまま見上げると、黄とその間から見える空の青。菜の花の匂いはきつく、耳元では虫の羽音がする。
――何か違う。
大河が求めていたのは、これらの感触ではなかった。小さな衝撃だった。心の一部が冷め、別の部分がじわじわと加熱させられていく。彼は遠慮がちに抱きしめられたのを思い出そうとした。花にはない、柔らかで、暖かな感じ。
――あれか。
大河は飛び起きた。そして土も払わぬまま、慌てて土手を駆け上がっていった。